今泉みね『名ごりの夢 蘭医桂川家に生まれて』

七代桂川甫周の娘、今泉みね『名ごりの夢』(長崎書店、1941.10.5発行、1942.2.15再刷)読了。サブタイトル「蘭医桂川家に生まれて」を新たに付した平凡社東洋文庫版が金子光晴の解説で出ているが、東洋文庫版は元本の尾佐竹猛の序や多数の貴重な図版をオミッ…

津田左右吉/白川静/石川九楊

津田左右吉の『支那思想と日本』初版(岩波新書1938.11)まえがきの次の文章を受け止めかねている。白川静の思想の根底にある「東アジアの文化の底流にある共通文化」と衝突するし、石川九楊の「漢語と和語による二重言語国家」とも異なる。むしろ本居宣長と近…

津田左右吉について:遠山茂樹と小島毅

[遠山茂樹] 遠山茂樹著作集第8巻所収の「津田博士の天皇制論」は『津田左右吉全集』28巻月報(1988.12)に寄せたたもの。津田が敗戦直後の『世界』1946年3、4月号に発表した「日本歴史の研究に於ける科学的態度」と「建国の事情と万世一系の思想」を取り上…

柴田錬三郎「イエスの裔」など

この間、南原繁についての学術論文の原稿400字800枚近くのを読んでいた。南原繁の政治哲学についての稠密な考察である。並行して柴田錬三郎の小説を読んでいた。南原繁と柴田錬三郎とは関係ない。 ただ、南原繁の師である内村鑑三と繋がりのあった有島武郎も…

有島武郎「お末の死」(『白樺』1916年1月)〔有島武郎著作集第1巻『死』1917年、新潮社、所収〕。

有島武郎「お末の死」(『白樺』1916年1月)〔有島武郎著作集第1巻『死』1917年、新潮社、所収〕。札幌の裏店で、母の手伝いで長兄の鶴吉が営む床屋「鶴床」。主人公は14歳のお末。夜学校をやめて、店の手伝いをしている。 二回目の天長節を迎える年、長患…

津田左右吉『文学に現はれたる我が国民思想の研究』全8巻(岩波文庫1977-78)

所蔵している津田左右吉『文学に現はれたる我が国民思想の研究』全8巻(岩波文庫1977-78)を本棚の奥から久しぶりに取り出してみた。これは1916年から刊行開始された東京洛陽堂版の初版本を底本としたもの。したがって出版書肆を世話したと思われる坪内逍遥の…

津田左右吉「建国の事情と万世一系の思想」(『思想』1946年4月号)

『津田左右吉歴史論集』(岩波文庫)に収録されている「建国の事情と万世一系の思想」は岩波書店の『思想』1946年4月号に掲載されたものであるが、これは『思想』前号に掲載された「日本歴史の研究に於ける科学的態度」(同文庫所収)の後編をなすものである…

石坂洋次郎の初期集『海を見に行く』(角川文庫)

石坂洋次郎『海を見に行く』(角川文庫1956:11刷1963)を札幌の南陽堂書店で購入100円。収録作品は、デビュー作「海を見に行く」(三田文学1927)、第二作「炉辺夜話」(三田文学1927)、「キヤンベル夫人訪問記」(三田文学1929)、一般誌に初めて書いた「外交員」(…

前田河広一郎「セムガ(鮭)」「アトランティック丸」

前田河広一郎(1888-1957)の作品「セムガ(鮭)」(1929)及び「アトランティック丸」(1931)を読了。「セムガ(鮭)」は、小林多喜二の「蟹工船」に似て、函館から送られた漁師ほか数百人がカムチャツカでの鮭鱒漁および加工に携わる過酷な労働現場と管理の様子を…

伊藤永之介『恐慌』(文芸戦線出版部1930)

伊藤永之介『恐慌』(文芸戦線出版部1930)を読む。 収録された「恐慌」は、1927年の片岡直温蔵相の「失言恐慌」による銀行取付騒ぎを背景とした、日本における経済小説のはしりと評される興味深い佳作。「指」は、徴兵された兵士が兵役拒否をしようとして自ら…

山田孝雄『平田篤胤』(畝傍書房1942年8月8日初版)

山田孝雄『平田篤胤』(畝傍書房1942年8月8日初版; 1万部)を読んだ。山田孝雄(よしお)については、文法学・国学系の研究者として、また谷崎潤一郎訳『源氏物語』が戦時を慮って中央公論社が校閲役を依頼した人物として、また『国体の本義』を書き、古道を…

伊藤永之介『平田篤胤』1942年

秋田出身の『文芸戦線』系の作家伊藤永之介は、プロレタリア文学運動衰退後は、東北農村を舞台とした優れた作品を発表していたが、その特異な作品として1942年4月15日初版の奥付を持つ 『平田篤胤』を借成社から刊行した。戦後は社会主義作家クラブの中心に…

島崎藤村『春』 感想1

島崎藤村『春』を日本近代文学館の復刻版で読み始めた。まいったなあ。これを最初に読んだのは、1972年20歳の時々。まさに鬱鬱とした青春の時。本書に登場する藤村や透谷の悩みと挫折に自らを重ねて読んでいたことをまざまざと思い出した。果たして自分はこ…

竹沢泰子著『アメリカの人種主義』および退職記念講演について

竹沢泰子先生から新著『アメリカの人種主義 カテゴリー/アイデンティティの形成と転換』(名古屋大学出版会)を恵贈される。500頁を超える浩瀚な研究書。日本学術振興会出版助成によるもの。この3月に京都大学人文科学研究所を退職する前にこれまでの成果を…

古藤友子先生

国際基督教大学教授であった古藤先生が2022年2月5日に亡くなられていたことを遅ればせながら知った。パーキンソン病で定年前に国際基督教大学を辞められて施設に入られていたことは同大学の小島康敬先生から聞いていたが、訃報に接することはなかった。古…

『阿蘇山 徳永直自選集』(新興書房1932) を読む

『阿蘇山 徳永直自選集』(新興書房1932) を国会図書館デジタルライブラリーで読む。版元の新興書房については知るところがないが、本書の奥付裏広告を見ると、自選集のシリーズとして、徳永直のほかに貴司山治が刊行され、また近刊として窪川いね子〔佐多稲…

徳永直『光をかかぐる人々 日本の活字』(河出書房1943)を読む

『光をかかぐる人々 日本の活字』(河出書房1943)を青空文庫で読む。これは、日本における活字印刷の誕生を追いかけたもの。小説的造形としては不十分なエッセイ風の長編であるが、作者自身、若い時から印刷工として働き、またプロレタリア文学の代表作で共…

徳永直の初期作品「馬」(1925年6月) と「あまり者」(1925年11月)を読む

徳永直(1899-1956)の初期作品である「馬」(1925年6月) と「あまり者」(1925年11月)の二篇を読む。これらを読むと、佐左木俊郎の根が純乎たる農民文学にあったと同様に、徳永直の根が純乎たる労働者文学(あるいは生活者文学)にあったことが分かる。二人とも…

辻村もと子『馬追原野』ほかを読む

辻村もと子(1906-46)は北海道岩見沢志文生まれの作家。 代表作は『馬追原野』(風土社1942)。岩見沢志文の草分け的開拓者である作者の父(辻村直四郎)をモデルとした北海道開拓小説。戦前期、女性作家による開拓小説は珍しい。また、二宮尊徳と北海道開拓との…

古内一絵『星影さやかに』読了

古内一絵『星影さやかに』(文藝春秋2021)読了。本書は作者の家族をモデルとして描いたものだという。 主な舞台は、宮城県大崎平野の古川(現在の大崎市)。時は、前回の東京オリンピックが行われた1964年で、家族の歴史を遡って、戦前戦中戦後、戊辰戦争(そ…

ベルリンの壁崩壊の日から33年

今日11月9日はベルリンの壁崩壊の日。1989年。33年経っても忘れることができないでいる。信じがたい思いでその報に接した。そして、一方で、新しい時代の到来を確信するとともに、他方で、心底青ざめる事態があった。 企画編集した東京大学出版会『講座国際…

南原繁と中江丑吉 2022/11/03

[11/3南原繁シンポジウム後の懇親会での挨拶] 本日、久しぶりにリアルの南原繁シンポジウムに参加させていただきました。いいですね。開会の挨拶で樋野興夫代表が語られましたが今回が19回。2004年の南原繁研究会立ち上げの際にわたしも呼びかけに応えて参…

アッバス・キアロスタミ監督『桜桃の味』(1997)について

アッバス・キアロスタミ監督『桜桃の味』(1997)を見る。かつて、このイランの監督の作品の特異な相貌に接し、上映館を追いかけたことがある。アジアとは何かを追いかけていた1990年代のことである。 この『桜桃の味』は、金は持っているらしい中高年男性の…

三笠の炭鉱遺産見学

今日は、大麻の友人の案内で三笠市の炭鉱跡を見学。計4人。岩見沢の「そらち炭鉱の記憶マネジメントセンター」に集合。ここは炭鉱と鉄道・鉄鋼と港湾を一体のものとして見る「炭鉄港」という概念のもと、「炭鉱の記憶」の情報拠点として運営されている。 車…

慶應義塾長小泉信三と慶應出版

慶應義塾長小泉信三と慶應出版に関連した旧稿(2015/10/01)です。 「1937年に設立された慶應出版社について:ユニバーシティ・エクステンションの重要性」 時の塾長小泉信三は1936年ハーヴァード大学創立三百年記念祝賀式典に招かれた際に、いくつかの大学を…

伝説の江川書房の本:嘉村礒多『途上』限定500部

江川書房の本:嘉村礒多『途上』限定500部、函入り、1932年8月。「秋立つまで」「途上」の二篇を収録。題字は嘉村礒多。印刷は白井赫太郎。製本は中野利一。函、表紙、本文用紙、すべてに越前手漉楮紙を使用。装幀と刊行は江川正之。 この『途上』は江川書…

嘉村礒多「崖の下」を読む

嘉村礒多(1897-1933)の初期の代表作「崖の下」(『不同調』1928.7)400字48枚を『私小説名作選上』(中村光夫選、講談社文芸文庫)で読む。掲載誌『不同調』は「文壇の大久保彦左」と言われた中村武羅夫主宰の雑誌で、嘉村はその記者をしていた。 「崖の下」…

岡義武『独逸デモクラシーの悲劇』(アテネ文庫1949)

昨日の菅義偉前首相による安倍晋三元首相追悼において岡義武『山県有朋』が言及された。岡には名著『独逸デモクラシーの悲劇』もある。以下は、2016/09/28の拙文。 梅田の阪急古書の街の太田書店で見つけた岡義武著『独逸デモクラシーの悲劇』(弘文堂、アテ…

佐左木俊郎「明日の太陽」について

佐左木俊郎「明日の太陽」について竹中英俊 2022/09/25 『佐左木俊郎選集』(英宝社1984)の「年譜」の1931年(昭和6年)の項に「長編小説「明日の太陽」を6年2月1日より『河北新報』に連載、同年7月3日第150回をもって完結。」と記載されている。佐左木…

丸山眞男と高木博義 「96年の会」と「60年の会」

名古屋・丸山眞男読書会「96年の会」発行の『第100回「96年の会」丸山眞男没後25周年記念会記念文集』(2022.8.15発行)を寄贈さる。同会は丸山逝去の年1996年秋に高木博義氏の呼びかけで始まったもの。年4回のペースで読書会・公開記念会を持ち、5年ごとに…