伊藤永之介『恐慌』(文芸戦線出版部1930)

伊藤永之介『恐慌』(文芸戦線出版部1930)を読む。

収録された「恐慌」は、1927年の片岡直温蔵相の「失言恐慌」による銀行取付騒ぎを背景とした、日本における経済小説のはしりと評される興味深い佳作。「指」は、徴兵された兵士が兵役拒否をしようとして自らの指を棄損しようとする作品、「見えない鉱山」は秋田荒川鉱山を舞台とした先駆的な「公害」小説、「山の一頁」は鉱山町の小学校に赴任した女性教師が様々な矛盾に立ち上がる話し。

文学作品としては荒削りではあるが、いずれも日々の生活を抱えた人びとの様子を描いた作品として、今日でも読むに耐えるものである。

なお、奥付にある「共働印刷生産組合」は、徳永直の『太陽のない街』で描かれた共同印刷の争議後に、消費組合と連携する形で徳永直らが作った生産組合である。必ずしも成功した事例とは言えないが、戦前の消費組合運動・生産組合運動の一事例として注目されるべきであろう。

 

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