辻村もと子『馬追原野』ほかを読む

 辻村もと子(1906-46)は北海道岩見沢志文生まれの作家。

 代表作は『馬追原野』(風土社1942)。岩見沢志文の草分け的開拓者である作者の父(辻村直四郎)をモデルとした北海道開拓小説。戦前期、女性作家による開拓小説は珍しい。また、二宮尊徳と北海道開拓との繋がりも示唆されていて、興味深い。

主人公は秋月運平。1869年神奈川県小田原近郊の自作農の四男として生まれ。13歳の時に父死亡。小田原の本家の秋月新助(二宮尊徳の孫弟子)の援助で東京農林学校に進むが、東京農林学校が農科大学に昇格することになり、学理よりは実践の道を歩むことにして、1891年学校を辞め渡道する。

 北海道庁の政策に基づいて土地払下げを望むが遅々として進まず、札幌の馬具商関谷宇之助の所有する馬追原野の開墾に取り組む。それに飽き足らず、91年秋、岩見沢を経由して上川に行き、払下げの原地の検分をする。

 上川の払下げの許可が降りず焦慮している92年春、開拓庁役人の持つ後の岩見沢志文あたりの原野を買い受け、開拓に入る。この苦辛の過程を描いたのが本作品である。著者は、続編を予定していたが、早逝により実現できなかった。

原野の開墾の様、人々の織りなすドラマ、北海道開拓事業の光と影をよく描いた作品。時に作者が顔を出し開拓使・北海道の開拓政策の変遷を述べるなど、小説の結構 をはみ出すところもあるが、父である主人公の一代記として読ませる内容である。

 ついで、同じ著者の「早春箋」(『戦時女性6』1944)。日露戦争後、北海道開拓者と結婚して、(小田原で結婚式を挙げたのだろうか)夫と共に小田原から開拓地に渡った女性が、着いてすぐと、その後の様子を母に送る書簡小説。著者の母を描いた1944年の作品であるが戦中であることが感じられない。

 そして、著者の早期の作品である「春の落葉」1923年4月。これは祖母の葬儀を描いた短編。