古内一絵『星影さやかに』読了

 古内一絵『星影さやかに』(文藝春秋2021)読了。本書は作者の家族をモデルとして描いたものだという。
 主な舞台は、宮城県大崎平野の古川(現在の大崎市)。時は、前回の東京オリンピックが行われた1964年で、家族の歴史を遡って、戦前戦中戦後、戊辰戦争(そして、戦国時代末期、伊達政宗によって鎮圧された葛西大崎一揆)に及ぶ。
 戦時中の1943年(学徒動員出陣式が行われた時)に東京の旧制中学校の英語教師だった父が教壇で「この戦争に日本は勝てる見込みがない。だから未来のある諸君は、断じて戦争に行くべきではない」と語り、罷免され、郷里の古川に帰る。そこでは近隣から「非国民」と非難される。そして、軍国主義教育を受けていた国民学校三年生の次男は、その父を恥ずかしく思った。この作品は、その息子が成長しながら父の苦悩を理解していく過程を描いたものであると同時に、戊辰戦争に関わった曽祖父、夫との離別後に家を切り盛りして立て直した祖母、その祖母から酷使されながら評価する母という、女を中心とした「家」の物語でもある。
 父は郷里の先人・吉野作造の思想的影響を受け、また関東大震災時に朝鮮人と疑われて危うい目に遭い、その後、御真影の幻影を見る神経症を発して森田療法を受ける人間として描かれる。また、郷里の近くの鳴子峡錦繍や葬儀の風習を丁寧に描き、地域特有の蒸し麺麭「雁月」を登場させる。
 吉野の思想の描写、戦中戦時の時代の掘り下げの余地はあると思ったが、大崎市出身のわたしには、とても親しいものを感じさせる作品である。