竹沢泰子著『アメリカの人種主義』および退職記念講演について

 竹沢泰子先生から新著『アメリカの人種主義 カテゴリー/アイデンティティの形成と転換』(名古屋大学出版会)を恵贈される。500頁を超える浩瀚な研究書。日本学術振興会出版助成によるもの。この3月に京都大学人文科学研究所を退職する前にこれまでの成果をもとにまとめあげて上梓されたことはまことに同慶の至りである。

 初出一覧を見ると、書き下ろしの他に、著者の卒業論文修士論文を含めた論考を「大幅加筆修正」をして成稿としたことが分かる。著者の長年のアメリカ研究の一大集大成であることを示す。

「あとがき」の次の一文が目を引いた。

《二作目の壁は厚いーーはるか昔、一作目の出版後に担当編集者からそう聞いてはいた。多くの研究者が最初の学術書をなかなか超えることができずに悩むのだという。私もその例に漏れず、三〇代半ばの勢いのある時に日米で出版した学術書の次の本をどうするかは、たやすい問題ではなかった。新書や他の単著の有難いお誘いを何度かいただいたが、私にとつての二作目はあくまでも最初の本を超えるものでなければならなかった。》

 名前は挙げられていないが、ここでの「担当編集者」というのは私のことである。その一作目とは『日系アメリカ人のエスニシティ』(東京大学出版会1994)を指す(同書は英文でも刊行されている)。著者は当時は筑波大学の所属。私が担当者であった同大学の辻中豊先生(現在、東洋学園大学学長)の紹介で会い、アメリカ研究振興会の出版助成を得て刊行され、優れた人類学の成果に対して与えられる澁澤賞を受賞した。当時、私は、若手研究者の第一作(ファースト・パブリケーション)を世に出すことが大学出版部の重要な役割であると考えていて実践し、そして、第一作で終わることなく、それを超える二作目の学術書への挑戦を心掛けてほしい旨を著者に語るようにしていた。それが困難な課題であり、自覚的に取り組まなければならないことも。

 この30年ほど前の私の言葉を著者は覚えていてくれたことに感動する。

 そして、序章とあとがきと注を読んだだけであるが、本書『アメリカの人種主義』は、確かに最初の本を超えたものであろうことを確信した。

 また、本書が、私の親しい友人である、名古屋大学出版の橘宗吾さんと三木信吾さんとの手になって世に送り出されたことに対しても感動している。

 

 追記

 今日(3/11)午後は、京都大学人文研究所の竹沢泰子教授の退職記念講演「人間の分類と差別〜人種をめぐる文化人類学的探求」にリモート参加。講演のほかに3人によるコメントがあり、竹沢さんの業績がどのようなものか改めて知ることができた。 私は筑波大学時代の竹沢さんの第一作『日系アメリカ人のエスニシティ』を担当し、また竹沢さんが代表編者を務めた『人種神話を解体する』全3巻の出版企画を側面援助しただけであるが、京大人文研での国際共同研究の推進には目を瞠るものがある。

 若い時のアメリカでの研究、また子を産み育てながらの研究継続、そして京大人文研での初の女性スタッフとしての活動ーー(コメントにもあったが)竹沢さんの学問智はこれらの経験智を踏まえてのものであったことが腑に落ちるように理解できた。

 竹沢さんは、後進の女性研究者が妊娠して原稿が遅れた時に「どんなに重要な仕事も、小さな命に値するものはないのです。」と声をかけたエピソードも紹介された。 

 原稿督促を任務のひとつとする者として、全く同感すると共に、竹沢さんの研究姿勢と人柄が懐かしくしのばれた。