徳永直の初期作品「馬」(1925年6月) と「あまり者」(1925年11月)を読む

 徳永直(1899-1956)の初期作品である「馬」(1925年6月) と「あまり者」(1925年11月)の二篇を読む。これらを読むと、佐左木俊郎の根が純乎たる農民文学にあったと同様に、徳永直の根が純乎たる労働者文学(あるいは生活者文学)にあったことが分かる。二人とも学歴は小学校のみである。また、未読ながら徳永には佐左木俊郎論もある。
 徳永の「馬」は、熊本に暮らしていた少年時代を描いている。「馬がすきです。」という文章から始まるのが新鮮な印象を与える。馬車引きを稼業とする父が病気となり、14歳の兄と11歳の弟(自分)とで、魚を馬車に乗せて町まで運ぶことになった。雨の中を深夜出発。ぬかるみを超えて行くが、坂道に差し掛かり、ついに馬は膝を折って動かなくなる。馬の眼には大きな涙。兄弟二人も涙する。幸い、同業者に助けられる。少年と馬との交感がよく描かれた好短編である。
 また「あまり者」は、郷里を出て3年経つ私は結婚して工場勤めをしているという背景をもつ。家への月々の仕送りに対する、弟が代筆する手紙で郷里の消息を知る。ある時その手紙に「兵さん」が死んだとあった。35歳。兵さんは私の物心ついた頃からの知り合いである。その兵さんの思い出を綴る。父なしで母親と兄とで住んでいた兵さん。その母親は家を出てしまい、私の家は兵さんを引き取る。兵さんは決して泣かない子。不用な人間として生まれ、遠慮しいしい生き、余計な人間として扱われた兵さん。その、乱暴さと共に優しさと強さとを描いた作品である。
 徳永直には全集がなく、その全貌を捉えるのが困難であるが、しかし、主要な作品を通して見れば、その労働者(あるいは生活者)としての一貫した精神を感得することができる。稀有な作家ではないか。