ジャコメッティと矢内原伊作 2019
2019/07/08
国立国際美術館で「コレクション特集展示 ジャコメッティと Ⅰ」が開催中(8月4日まで)
《20世紀最大の彫刻家であるジャコメッティの研究において、哲学者・矢内原伊作(1918-1989)の存在はとても大きなものです。矢内原は1956年から1961年の間に繰り返し渡仏し、そのモデルを務めました。しかし、矢内原をモデルとしたブロンズ彫刻のうち完成に至ったのは二作品のみで、すべての鋳造を合わせても七体しか現存が確認されていません。そのうちの一つが2018年に国立国際美術館のコレクションに加わり、日本では初の収蔵となります。当館では油彩による《男》(1956)を2013年に所蔵しており、「見えるものを見えるとおりに」表現するべく、ジャコメッティが人生を賭して取り組み続けた絵画と彫刻の両方を観ることができます。》
矢内原伊作『リルケの墓』(創文社 1976)を読む。本文60ページ弱、堅牢箱入、上製本、精興社印刷による贅沢な本作り。挿画は串田孫一。
1956年夏、北イタリアから列車でパリに行く途中、スイスのヴァレー地方を通過した際の印象記。例えば、リルケが長い放浪の果てに身を寄せた「ミュゾットの館」の地で、次のような思いを矢内原は抱く。
《夏の午後の明るい光の中で、私の眼はこの岩山に……人間を拒むというよりはむしろ人間を包むような、人間を遙かに高く超えてはいるが深く人間的であるような、いわば精神の秩序に精妙に調和する天界の風景を観照する。この明るさ、優しさ、親しみ深さ。……清澄な光の充満する甘美な静寂に包まれて、私の思考は快い不在に酔う。こんな静かなところに何年も住んでいたら気が狂いはしないだろうか、自然はここでは宇宙でしかない。》
矢内原伊作『ジャコメッティとともに』(筑摩書房 1969初版の1970第5刷)。一年間で5刷までいった売行き良好書であるが、古書価格は高い。1955年末にジャコメッティを識って以来13年前後にわたって書いた文章をまとめたもの。「序 ジャコメッティからの手紙」から:
《仕事がもはやどうにもこうにも進まなくなったあの日、あのときに私は私の生涯ではじめて一本の線もひけなくなり、自分の画布を前にして何をすることもできずに坐っていた。きみのおかげで私はあの地点に到達したのであり、私はあそこに到達することが絶対に必要だったのだ。……あの日に、私の仕事のすべてが新たにはじまったのだ。きみの肖像を描くということはもはや問題ではなくなっていた。問題は、何故私がきみの肖像を描くことができないかを知ることだった。》
2019/07/15
大阪中之島の国立国際美術館で「ジャコメッティと 1」へ。ジャコメッティが哲学者 矢内原伊作をモデルとしたブロンズ彫刻「ヤナイハラ Ⅰ」や油彩画「男」、また数々のヤナイハラ頭部のスケッチなど。モデルをしていた時の矢内原の自筆手帖も展示。臨場感いっぱい。