久保栄『五稜郭血書』

久保栄の戯曲『五稜郭血書』(初出 日本プロレタリア演劇同盟出版部1933)読了。これは築地小劇場創立10周年記念として、新築地劇団・左翼劇場など新劇団による合同公演が、千田是也久保栄の共同演出でなされたものである。

この作品は、慶応4年=明治元年〜2年の箱館戦争を扱っている。特徴的なのは慶応4年閏4月の小樽内事件(小樽の漁民らの蜂起)の首謀者らが新政府の箱館府によって8月に箱館市中引き回しのうえ斬首となる場面が第一幕であること。そして、新政府への箱館住民の反感を背景として、榎本武揚率いる旧幕府軍北軍)の箱館占拠、その「蝦夷共和国」に期待して兵士徴募に積極的に応じて民兵となる小樽内事件関係者が描かれる。

しかし結局、「新徴民兵」の期待は無惨にも榎本等によって裏切られる。民兵の中心である小樽内事件関与者は最後の場面で「たとえ幾たび、上に立つ者がかわろうとも、民百姓がわが手をもっておのれ等の難儀を救わぬかぎりは、決して世の不正不義は跡を絶たぬ。」

プロレタリア演劇の主導者であった久保栄らしい科白であると言える。

本作品は史実に基づいたものではないフィクションであるが、気になったのは、登場する多くの人物が矮小化されて描かれていることである。土方歳三ら封建武士の古臭い忠誠心の持ち主を除いては、榎本はもちろん、あの赤十字精神の高松凌雲も自ら一人の命乞いをする人物として描かれる。上に立つ者も、下にいる者も所詮そんなものよ、と言ってしまえばそれ切りであるが、それは久保栄の意図するところではあるまい。彼の後の小説である『のぼり窯』(1952) では登場人物の葛藤する内面が描かれていたのに、この『五稜郭血書』では、型通りの人物しか描かれていない印象である。小説と戯曲の違いであろうか。

ただ、90年近く前に書かれたこの作品については、一方で、当時の文脈に置いて考えなければならない。小林多喜二虐殺もあった。

改めて思う。そしてまた「不正不義の絶たぬ世」は今日でも続いている。

(写真は、築地小劇場跡。2021/11/26)

 

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