『堺利彦伝』

堺利彦伝』(中公文庫、1978)

これは、万朝報に入るまでの前半生をまとめたものだが、素晴らしくいい。生れ故郷の豊前豊津での幼時を描いた精細な文章の郷愁あふるる情感、また、成長の過程で出会った多様な人物を簡潔に描く愛情あふるる観察。感服する。

これは第1次共産党事件で1923年に検挙されたのち、1926年に入獄する前までの間に『改造』に連載されたものを一冊にしたもの。推測するに、検挙された時、堺利彦は(共産党創立大会での「君主制廃止」についての討議が権力に知られたと思い)幸徳秋水にと同様な大逆罪が適用され自らが刑死されることを覚悟したが、治安警察法違反で裁かれ禁錮で済んだ。

つまり『堺利彦伝』の文章は、死を覚悟した「末期の眼」を通して書かれたと思われる。それが、この希有な作品を生み出した背景ではないか。(確証があるわけではないが、その文体から感じた次第。)