木下尚江『火の柱』

読もうとして挫折を繰り返していた木下尚江『火の柱』(1904年5月初刊)を一気に読了した。鄭玹汀『天皇制国家と女性:日本キリスト教史における木下尚江』(教文館、2003年2月)によって、近代日本における木下の位置を頭に入れていたことによって、読了できたのだと思う。
1904年の日露戦争開戦に際して、キリスト教社会主義者を主人公とする小説が書かれ公刊されたことの意味は大きい。(1910年の大逆事件後、『火の柱』はじめ木下の著作が発禁となり、人の目に再び触れるのは1945年以降となる。)
木下尚江『火の柱』は青空文庫に入っているので、是非読んでもらいたいが、通読して感慨を覚えたのは、主人公が1884年明治17年秩父事件で戦死したリーダーの息子であること。「自由自治元年」の旗幟を掲げて蜂起した秩父困民党。その嗣子を主人公として一篇の作品にした木下尚江の慧眼に感服した。

 

西洋史研究者の井上幸治が出身地である埼玉県の秩父で起きた事件を取り上げた『秩父事件』(中公新書、1968年)は名著。今、手もとにないので確認できないが、暴徒による暴動として歴史の闇に葬られていた1884年の事件が、1968年の本書によって初めて光を当てられたと記憶する。

木下尚江の『火の柱』(平民社、1904年5月)は、その秩父事件1884年)のリーダー(作品では「御先達(おさきだち)」)で「鉄砲に当たって」「百姓共の為めにお果てなされた」篠田長左衛門の息子の長二を主人公としている。木下尚江は井上幸治に先立ち、事件後20年の時点で、このような積極的な評価を与えている。この作品は自由民権運動キリスト教社会主義とのつながりについても示唆するところ大である。(20130522)