木下順二『蛙昇天』

木下順二『蛙昇天』を読了。これは「徳田要請問題」(1950年2月、シベリア抑留からの帰還者が、帰還が遅れたのは共産党書記長徳田球一ソ連に要請したことによると主張した事件)により、収容所で通訳を務めた抑留者で哲学徒の菅季治が国会喚問を受けた翌日に鉄道自殺した(4月6日) 事件をモデルにした戯曲。『世界』51年6-7月号に発表されて52年6月に三越劇場でぶどうの会が初演。
木下が初めて同時代の事件を素材にして創作した『蛙昇天』は、蛙の世界に仮託して、外部からの衝撃(冷戦)を受けて混乱する閉鎖的な蛙の池(同時代日本)を描いた作品である。事件の真実を明らかにすることに努める一人の人間が、相互に敵対する党派的思惑のなかで翻弄され、ことばによるコミュニケーションの不能性に絶望していく姿がよく描かれている。
なお、エスペランティスト菅季治については、後藤斉ほか編『日本エスペラント運動人名事典』(ひつじ書房2013)によって履歴、著書、参考文献を知ることができる。また、下斗米伸夫編『日ロ関係 歴史と現代』 (法政大学出版局2015) 所収のシェルゾッド・ムミノフ「冷戦初期日本における菅季治の犠牲: 赤狩りソ連からの引揚者」が、冷戦の狭間に立たされたソ連引揚者の犠牲として菅季治を取り上げている。
また『蛙昇天』が収録された『木下順二作品集 第5巻」(未来社1961) には、著者と丸山眞男の「解説対談」が収録されており、著者の意図を超えた作品の意義と意味について丸山が饒舌に語っていて、おすすめである。