柳田泉『日本革命の予言者 木下尚江』(春秋社、1961)読了

20130920

柳田泉『日本革命の予言者 木下尚江』(春秋社、1961)読了。吉野作造らとともに明治文化研究会を主導した篤実な日本近代文学史家というイメージを抱いていた柳田泉が、ラディカルなキリスト教革命家というべき木下尚江について一書を著していることに驚き、古書店で購入したのはだいぶ前のことである。ようやく読む機会を得た。
木下尚江(1868-1937)に柳田泉(1894-1969)が初めて出会ったのは1928年12月で、翌年に春秋社から出た『木下尚江集』4巻の出版契約のために東京滝野川の木下の居を訪れた際だという。それ以来《尚江の晩年、約十年近く彼の隔意のない知遇をうけた》柳田、つまり《肉身の彼の近くに生きた》柳田の手になる伝記が本書である。
木下尚江を「革命の予言者」と柳田が言うのは、尚江の革命家としての活動の主要特色が《日本国家、日本社会の革命される必要、その革命の必至であることをまず立論によって主張した》ところにあるからだ。社会主義の実行そのものが目的ではなく、社会主義そのものを日本革命の手段の一つとみているところに尚江の特徴がある。
では、その木下尚江が日露戦争後の1906年に心境の変化を来し、活動の舞台であった毎日新聞を辞め運動を離脱したのは何故か。柳田泉によれば、尚江の懺悔反省の根本的きっかけは、初めは主義宣伝のために《小説を書いてから、次第に人間研究に入るに及んで、人間の見方が一変してきた》ことによる。これは慧眼と言うべきだろう。
 半世紀前の著作、柳田泉『日本革命の予言者 木下尚江』は、当時使える資料の制約による問題はあるが、尚江の肉声に身近に接した文学史家によって著された優れた伝記であり、木下尚江を知るための不可欠の書といえる。