編集記

【回想】わたしは、30代は、東京大学出版会の編集者として、出版方針の一つの柱として尽力したのは、日本戦後史をテーマとしたものである。特に、日本が降伏したのちGHQによって統治された占領戦後史を重点的に出版の焦点に据えた。これには理由がある。アメリカの情報開示政策にある「30年ルール」により、日本占領に関する情報が1970年代半ばから次々と開示されるようになり、研究者の世界では、その開示された情報を得て、現代日本の原点とも言える占領戦後史に関する実証的な研究が多分野において取り組まれ、その成果が学術論文としてどんどん発表されるようになったのである。
編集者として、この盛り上がりつつある研究の波をつかみ、それらの成果を単独著作として、また共同研究著作として刊行し、世に問う絶好の機会でもある。これに取り組めば、日本の戦後史の先端的研究を次々と学界と社会に提供できる役割を担うことになる。また、当時、わたし自身が戦後史についてあまりにも貧しい知識しか持っていなくて、なぜ日本が無謀な戦争に突入し、完敗し、そして、さまざまな矛盾と問題を抱えつつ、奇跡の復興を遂げたかについても、自分自身の確かな考えを持つことができないでいたことを自覚していたので、18世紀以降の日本の歴史を学びたいという強い意志を持っていたことも、占領戦後史に取り組む、もうひとつの理由であった。
幸いに、1972年に「日本占領史研究会」を組織しその代表に就いていた竹前栄二先生(東京経済大学教授)の知遇を得て、その主著となる『戦後労働改革 : GHQ労働政策史』を担当した。これは1982年4月に東京大学出版会から上梓することができ、500ページ近い大冊であったにもかかわらず、次々と増刷を重ね(6刷はいったと記憶する)、また1983年度の「日本労働関係図書優秀賞」を受賞する栄誉に恵まれた。
この『戦後労働改革』の刊行記念パーティーおよび優秀賞受賞パーティーを通して、東大以外の多くの研究者(マッカーサー研究の袖井林二郎先生や、日本国憲法制定史の古関彰一先生など)と知り合うことができたのも、幸運であった。そして、竹前先生が代表を務める日本占領史研究会にもフリーパスで出入りするようになった。

占領戦後史の出版に一段落を付けたのち、わたしは、広義の政治学の学問体系の提示と、現代世界の課題への取り組みに出版方針の重心を移した。その成果は、1980年代末から90年代いっぱい、『現代政治学叢書』全20巻、『講座国際政治』全5巻、『東アジアの国家と社会』全6巻、『現代アジア』全4巻、『中東イスラム世界』全9巻などとして次々と世に問われ、好評を博した。しかし、好評は自分の行き詰まりであった。

 

2019/06/04