新渡戸稲造と家永豊吉と高田早苗:日本におけるUniversity Extension の導入

20110422

 新渡戸稲造と家永豊吉と高田早苗:日本におけるUniversity Extension の導入

ジョンズ・ホプキンズ大学に学んだ新渡戸稲造と家永豊吉とは、1891年にThe Johns Hopkins Press から英文の図書を刊行した。前者は日米関係について、後者は明治憲法成立史であった。また、それ以前に、同大学に学んだ佐藤昌介がアメリカの土地制度についての本を University's Publication Agency から刊行している。このような同大学による積極的な出版は、偶然ではない。ジョンズ・ホプキンズ大学の創設の方針、特に、University Extension(以下、時にUEと略記)の思想に基づくものである。
 ジョンズ・ホプキンズ大学は1876年の創設に際し、University Extensionのひとつの活動としてUniversity Press(UP)を位置付けていた。つまり、初代学長D.C.ギルマンは、大学に不可欠な勢力として(教授陣と図書館とともに)大学出版部を位置付けたのである。それを担う部門としてUniversity's Publication Agencyを1878年に設立し、これが1891年にJohns Hopkins Pressに、翌1892年にJohns Hopkins University Pressとなっている。この大学出版部設立の背景としてUniversity Extensionの考え方があったわけである。

このジョンズ・ホプキンズの大学院に学んで学位を取得した日本人の一人が、新島襄同志社に学んだ家永豊吉である。1890年に帰国して東京専門学校(1882年創設、のち早稲田大学)の講師となり、UEの思想を広めた。これに触発されて、東京専門学校の創設メンバーの一人である高田早苗が、1886年に作られた東京専門学校出版部を発展させて、早稲田叢書の刊行を始めた。1895年のことである。早稲田叢書の第1冊目は、後のアメリカ大統領で当時ジョンズ・ホプキンズ大学の教授であるW.ウィルソンの『政治汎論』(The State, 1889)。このThe State は、家永がアメリカから持ち帰ったもの。(ちなみに、新渡戸稲造はウィルソンと同じクラスで学んだという。)
 その「早稲田叢書出版の趣意」にはUEについて次のように書かれている(大意)。
《東京専門学校は欧米に行われている「ユニヴァーシティ・エクステンション」の制度に倣って、あるいは講義録を発行し、あるいは講座を地方において開いて、学問の普及を図る。したがって、この翻訳書の出版もただ世間学生に便宜を図るためだけでなく、広く士君子[市民]が世に処する際の導きの書を供給したいがためである。》
イギリスにおいてUEは、1867年、ケンブリッジ大学ジェームズ・スチュアートによる工場地帯に行っての学術講演に端を発するといわれるが、日本での自覚的なUEは東京専門学校によるものであり、それはジョンズ・ホプキンズ経由であると言える。

 なお、家永豊吉は、ジョンズ・ホプキンズ大学院にいたときに、大学の「旅行講義」(社会人を対象とした大学外での講義)に参加している。また、1890年の帰国後、東京大学の「国家学会」でUEについて講演し、東京専門学校の『同攻会雑誌』に「大学教育普及運動」を紹介する論文を載せている(1892年1月の第10号と2月の第11号)。

家永によるUEの紹介を踏まえた高田早苗の実践ののちのUEの系譜を点景する。
片山潜安部磯雄:1899年6月に「第1回大学普及講演」を開催
吉野作造・佐々木惣一:大学普及会を組織し、1915年6月に『University Extension大学講壇』第1年第1号を発行
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南原繁:1951年3月に東京大学出版会を創設
矢内原忠雄:1953年1月に東京大学公開講座を開始

 ここに、1870年代の慶應義塾における福沢諭吉の試み(『文明論之概略』をテキストとしたカルチャーセンターを開催)を前史として、1890年代の早稲田におけるUEの自覚的実践、片山・安部らのキリスト教初期社会主義者による社会的普及、大正デモクラシー期の普通選挙権運動を支える民衆の知の向上を目指した吉野の試み、敗戦後の日本におけるUEを模索しての南原による東京大学出版会の創設と矢内原による公開講座の開始(とその東京大学出版会による出版)、というUEの流れをたどることができる。

注 日本では、UEにいくつかの語をあてている。「大学拡張」「大学普及」「大学公開」など。家永は「大学教育普及」。いずれも、大学を超えた大学の活動を目指していることが分かる。
文献 内田満『早稲田政治学史研究―もう一つの日本政治学史』(三嶺書房、2007年)。太田雅夫ほか『家永豊吉と明治憲政史』(新泉社、1996年)。