日本における大学出版の歴史についての 私の仮説:
例えば、イエズス会のキリシタン版は、日本のコレジオに付設された印刷所でなされたものがほとんどであり、コレジオを高等教育機関をみなすことができれば、近代日本の大学出版の「消された」先駆形態と言えるのではないか。
例えば、徳川家康が足利学校の分校として伏見につくった円光寺学校では木活字で『孔子家語』などを刊行しているが、フロイスなどが寺の教育施設を「大学」と呼んでいることに鑑み、この古活字版を近代日本の大学出版の「消えた」先駆形態と言えるのではないか。
20170712