中村睦男先生逝去:『平和憲法とともに』

中村睦男先生が逝去された。今年に入って、『教材判例憲法 第五版』(北大出版会)や『平和憲法とともに:深瀬忠一の人と学問』(新教出版社)を出版されていたので、お元気であるとばかり思っていた。その『平和憲法ともに』の書評がつい先日、道新に出たばかり。読後感をお伝えすることも叶わなくなってしまった。ご平安を祈ります。f:id:takeridon:20200511085034j:image
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稲正樹・中村睦男・水島朝穂編『平和憲法とともに』(新教出版社)by 坪井善明(北海道新聞20200426)

札幌から発信 深瀬忠一氏追悼熱く
評 坪井善明(早稲田大名誉教授)

 本年2月29日、不思議で熱い本が出版された。「不思議」というのは、死後5年も経(た)っているのに、深瀬忠一教授(1927―2015)を追悼した本であることである。深瀬教授を恩師と仰ぐ稲・中村・水島という日本を代表する憲法学者が編集を務めている。「熱い」とは、どうしても後世の人たち、特に北海道民に「深瀬忠一」という人物を覚えて欲しいという強い想(おも)いが21章と六つのコラムの執筆者27名全員の文章に貫かれていることである。

 深瀬は、幼少の頃は生粋の軍国少年だったが、敗戦による旧来の価値観の崩壊後、すべてを学び直すことを決意し、土佐から上京。一高・東大で学び、仏国の立憲主義と人権思想に関心を抱き、平和主義を掲げる新生日本国憲法に触れて憲法学を志す。その間、キリスト教信仰に出会い、浅野順一師の手によって洗礼を受ける。

 恩師宮沢俊義教授の推薦で北海道大学法学部に赴任。札幌との出会いが深瀬の人生に決定的な刻印を押す。深瀬はクラーク博士の「紳士たれ」(Be gentleman)に惹(ひ)かれ、実践する。そして、内村鑑三新渡戸稲造の伝統を継ぐ札幌独立キリスト教会の会員となる。憲法学を教え平和的生存権を探求していた1963年、「恵庭事件」を知った。深瀬は憲法の平和的生存権が侵されたと直感して、「自衛隊違憲」として、主体的に裁判闘争に参画していく。

 平和的生存権を実践に基づいて深め、画期的な憲法理論として構築すると同時に、キリスト者として平和教育にも尽力した。さらに札幌日仏協会理事長として日仏交流を活性化した。深瀬は終生札幌に留まり、この地から世界平和の実現を多くの活動を通じて訴えかけた。

 「研究には厳しい一方、教育者としては学生をほめながら伸ばす、温かさと包容力のある人だった」という中村睦男の言葉は深瀬の生涯を一言で表現している。「札幌から世界に平和を訴える」という深瀬忠一という人物が存在したことを、しっかりと後世に伝える良書である。(新教出版社 2200円)