高見順『昭和文学盛衰史』

高見順(1907-65) の『昭和文学盛衰史』(文春文庫、1987)読了。この本は長年積ん読になっていた。1958年の単行本(文藝春秋新社)では上下2冊。文庫版で616頁。なかなか手が出なかったが、わたしの遠縁の編集者・作家である佐左木俊郎(1900-33) も登場してくるので、その箇所を拾い読みしていたら引き込まれて全文を読んだ。なかなかの本。

大正末期から敗戦までの文学と文学者の歴史が自らの歩みとともに描かれているのも大変に魅力的であるが、やはり、その刻々と移りゆく時代相が著者の行きつ戻りつする独特の文体で見事に映し出されていることである。著者自身が、「歯痛を抱えた時代」である昭和前期をアナーキストマルキスト、そして転向者という軌跡で生きたことを隠すことなく織り込んで時代を描いていることが、本書を稀な「昭和前期史の書」としている。

それにしても、この時代、厖大な量の同人誌が刊行され、厖大な数の作家と作家志望の同人がいて、厖大な量の作品が著わされたこともまた本書は伝えている。今では忘れられた無名ともいうべきたくさんの書き手によって文学史の底辺が支えられていたのであり、そのことは、人の営みの歴史の底辺と共通するものであることも本書は教えてくれる。

佐左木俊郎との関連では、新潮社の編集者で作家だった昭和5年頃、佐左木から文筆一本の道を歩むことを懇ろに勧められた時のことや、佐左木の早過ぎる死を悼む文章がとてもいい。

また、別途に紹介したいが、本書には、昭和15年夏、志賀高原の発哺温泉宿での丸山真男島木健作接触や、昭和20年7月26日、内務省5階の情報局講堂での折口信夫の姿も、彼らのそばにいた高見順の言葉でもって語られているのも興味深い。まさに人と時代への証言である。

 

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