新渡戸稲造と大学出版部

20110421

新渡戸の第一作は英文の『日米関係史』(The Intercourse between the United States and Japan:Historical Sketch)であり、これは1891年にThe Johns Hopkins Pressから刊行されている。このことについて、南原繁研究会編『南原繁 デモクラシーとナショナリズム』(Editex社、2010年)に掲載された、石井和夫「南原繁先生とユニバーシティプレス:第6回新渡戸・南原賞授賞式の挨拶」が次のように述べている。(石井は、東京大学出版会の元専務理事で、2009年に第6回南原賞を受賞した。)
 《私がジョンズホプキンズUPの創立100周年記念式典に招かれましたのは、1978年のことでした。そこで配られた出版目録を見て、私は雷に打たれたような感動を覚えました。二人の日本人の名前を見出したからです。一人は札幌農学校第一期生、後に北海道大学の初代総長となられた佐藤昌介先生、もう一人は同じく札幌農学校の第二期生、第一高等学校の校長として南原・矢内原両先生を薫陶された新渡戸稲造先生です。/佐藤先生は1886年History of the Land Question in the United States を、新渡戸先生は1891年にThe Intercourse between the Unitede States and Japanを公刊しておいでです。佐藤先生30歳、新渡戸先生29歳、創業10年そこそこの出版部が若い留学生に門戸を開いている、その懐の深さ、積極性に感嘆を禁じえなかったのです。》(188頁)
 ジョンズ・ホプキンズ大学は1876年の創設。初代の学長D.C.ギルマンは、大学に不可欠な勢力として(教授陣と図書館とともに)大学出版部を位置付た。それを担う部門としてUinversity's Publication Agencyを大学創設からそれほど時をおかず1878年に設立し、これが1891年にThe Johns Hopkins Pressに、翌1892年にThe Johns Hopkins University Pressとなっている。佐藤著は、Publication Agency から、新渡戸著は、The Johns Hopkins University Pressとなる前の The Johns Hopkins Pressから刊行されている。
東京大学出版会の創設を提唱し初代会長に就いたのは南原繁、南原を継いで第2代会長に就いたのが矢内原忠雄。この両者の師たる新渡戸稲造の第一作がアメリカの草創期の大学出版部から刊行されていたのである。そしてまた、新渡戸のこの第一作は、ヘボン講座初代教授の高木八尺の編集による、The Works of Inazo Nitobe、全5巻のうちの第3巻に収録され、国立大学の出版部としては日本で初めての東京大学出版会から1972年に刊行された。

注: 石井和夫はジョンズホプキンズUPの目録に二人の日本人を見いだしているが、 The Johns Hopkins Pressから1891年に刊行されている著作に、家永豊吉著の The Constitutional Development of Japan, 1853-1881 があることを付け加えておく。ただし、同目録に載っているかどうかは確認できていない。