平川祐弘『進歩がまだ希望であった頃:フランクリンと福沢諭吉』

20140305

平川祐弘『進歩がまだ希望であった頃:フランクリンと福沢諭吉』(講談社学術文庫、1990)読了。本書は『フランクリン自伝』と『福翁自伝』の二つの自伝を読み込み比較し、国籍と時代とを異にした強烈な二人の個性の間の沢山の共通項を拾い出した、優れた「対比評伝」と言える。

平川氏は、初出誌『新潮』のあとがきで、二人の間に多くの共通項を拾い得たことは「私たちに人間が人間としてわかちあう普遍的なヒューマニティーに対する信頼を新たにしてくれるなにかではあるまいか」と述べる。時に、通りすがりに人の向う脛を蹴飛ばすような氏ではあるが、本書は氏のいい面がよく出ている本である。

 以下、目を引いたところをアトランダムに引いてみる。

 考えてみると、ベンジャミン・フランクリン福沢諭吉も印刷出版文化への貢献者として特筆すべき人だ。平川は次のように言う。

 《フランクリンは印刷屋が最初で、それが縁で文筆家となった人だが、福沢は文筆家であったから、それが縁で印刷所を開いた人であった。順序こそ逆だが印刷所に関係した点では二人とも同じ体験をわかちあっている。》

 印刷出版に関わった成功人ならではのフランクリン自伝冒頭のことば―《自分はいままでの生涯を繰り返すことに異存はないが、初版の間違いを再版で訂正する便宜だけは与えて欲しい》。

また、本書にはバジル・ホール・チェンバレン福沢諭吉評が出ている。(平凡社東洋文庫の)『日本事物誌』(Things Japanese, 1890)の第5版「哲学」の項目から抜粋。
《彼【福沢諭吉】の務めは日本国民を東洋主義から脱却せしめ欧化すること、というより正確には、アメリカ化することであった。・・・彼がアメリカに見いだしたものは民主政治であり、簡素な家庭生活であり、常識的経験主義であり、「フランクリン主義」とでも名付けるべきものであったが、それらが福沢の強靭で、実際的ではあるが、多少詩趣に欠ける知性にぴったり適していた・・・》(36−37頁)

確かに福沢諭吉の一つの方向は「アメリカ化」であったのであり「民主主義」「家庭生活」「経験主義」であると言えよう。それにしても、福沢を「多少詩趣に欠ける知性」と評しているのは面白い。

 同時にチェンバレンは、福沢を、明治の指導層の過半の「知性面での父」(“the intellectual father") と評し、「福沢の信条はフランクリン主義だった」とも喝破している。

 他方、チェンバレンと並ぶ日本研究者であるウィリアム・ジョージ・アストンは、福沢を目して「著述家にして小学校教師」Author and Schoolmaster と呼んだという。平川は「福沢は、日本国民全体のために「小学校教師」の役割を実際に果してくれた人であった」とアストンの評を肯定している。