富岡多惠子『湖の南』

富岡多惠子『湖の南』(新潮社)読了。
湖とは琵琶湖である。その南、大津が主な舞台。大津に住むようになった著者の随筆的な話しに、明治24年大津事件の経緯と背景を探る話しで構成されている。
特にロシアの皇太子ニコライを襲った大津事件については、津田三蔵の書簡、裁判記録、ニコライの日記など資料を使っての記録文学として読ませる。伊賀上野出身の津田三蔵について、その先祖から親類縁者まで(松尾芭蕉を絡ませ)、また維新・廃藩置県西南戦争参戦を経て巡査となった三蔵を(西郷隆盛わ絡ませ)、若い時からの書簡や資料を使って描き出したのは圧巻。そして、大津事件の受難者でロシア革命で処刑されるニコライについて、その日記を引きながら人間像を描いているのも読ませる。
名もなき三蔵とニコライ皇帝、この歴史の奔流が邂逅させた二人に同じ視線を向けて作品に仕上げたた著者の力量は並々ならぬものがある
ただ後半部は、かつて知った電気屋の息子からのストーカーまがいの手紙に悩まされる話しも加わり、この位置付けがよく分からない。が、いい作品だ。
2019/09/19