斎藤勇が『南原繁著作集』第6巻の月報に寄せた「毅然たる政治学者の和歌」

斎藤勇が『南原繁著作集』第6巻の月報に寄せた文章に「毅然たる政治学者の和歌」がある。南原の歌集『形相』について触れたものだが、その中で太平洋戦争中のある思い出を語っている。
以下に登場する著者は和辻哲郎、著書は『日本の臣道、アメリカの国民性』(筑摩書房昭和19年)であり、アメリカ研究家は、高木ハ尺である。

《私は個人的な思い出を挿入しておきたい。それは未だ曾て活字になったことのない一挿話である。
太平洋戦争も終りに近づいたころ、新聞雑誌は「米英鬼畜」という新造ー語を度々用いた。それを説明して意義あるものとするために書いたのだと、著者が私に言った小冊子が大変な好評を博し、初版二万部という噂であった。私はその著者が自由主義者であり卓抜な哲学者であると考えていたので、それを購読したが、実に驚いた。前半の論文には「天皇は……現御神[あきつかみ、筆者註]にまします」とあるので、私はこの自由主義者がまさかと思って読み返したところ、同じことが二回くり返して書いてある。また後半に書いてあるアメリカの国民性に対する非難は甚だ等を得ない。それで私はその著者に面会を求めて、まずアメリカに関する同書の記述が怪しい点について、質疑の形で話し出した。それに対して著者は一応丁寧に答えてくれた。しかし私が意見を言い始めると、忽ち色をなして怒り出したので、私は議論ができないと思って、その部屋を出た。そして万一これが誤り伝えられて面倒な事件となる場合を考えて家族にだけは話し、また一人のアメリカ研究家に報告したほか、著者の名誉のために一切口外しなかった。しかし初めにアメリカ関係の記述について私が正確な理解をもつため私の質問に応じてくれたアメリカ研究家から聞かれたのであろう、南原教授はわざわざ英文学研究室に来て、 私を慰めまた励まして下さった。全く思いがけない芳情は、今なお折々の思い出して、ひそかに感謝している。》


「太平洋戦争とアメリカ文学研究」という項目 において、『アメリカの国民性と文学』が1942年に刊行された。それについて、斎藤勇は次のように語っている。
《それが本になっても、私はだれにも非国民と呼ばれたことはないように思います。(笑) ……しかし、戦争が何年か続いたころには、「英国びいきの非国民」というような者として、尾崎行雄和辻哲郎、斎藤勇と書いた新聞がありましたよ。その小さい新聞が私に郵送されたので、、それが私の見聞した唯一の非難です。》
 ここでは、小さい新聞で、尾崎行雄和辻哲郎、斎藤勇が「英国びいきの非国民」として非難されていることが注目されるが、以下、話は次のように続く。
《和辻君は東大文学部の同僚で、顔はよく知っていたが、その和辻君が、[『日本の臣道、アメリカの国民性で] あの自由主義者と呼ばれていた学者が「鬼畜米英」という当時の流行語を証明しようとしたことにびっくりし、悲しくてたまらなかったですね。》

20110426