久保栄『火山灰地』を読む

 久保栄『火山灰地』(1937-38)読了。久保は1900年、野幌煉瓦工場社長、札幌商工会議所会頭を務めた久保兵太郎の次男として札幌に生まれた。東大でドイツ文学を学び、卒業後、築地小劇場小山内薫土方与志から演劇の指導を受けた。その後、新築地劇団、新協劇団の結成に参加してプロレタリア演劇運動を指導、社会主義リアリズム演劇を樹立したとされる。晩年、鬱病を患い、1958年縊死。遺作の小説『のぼり窯』は、野幌の生家に取材した煉瓦工場を舞台にしたもの。

 わたしは20歳前後、劇作家の三好十郎(1902-58)の作品に魅かれて集中的に読んだ時期がある。「現代文学の発見」に収録された「斬られの仙太」を読み、『三好十郎の全仕事』全4巻を、なけなしのお金をはたいて購入したものである。演劇や戯曲が好きだというわけではなく、あくまで作家三好十郎に魅かれたのである。

 三好を読んでいて、いつも気になったのは、同時代の演劇家久保栄であった。愛読していた村上 一郎に『久保栄論』があることも気になった。それで、筑摩書房の「現代日本文学全集50  真船豊 三好十郎 久保栄 木下順二」(1956)を古書店で40年ほど前に入手した。これに収録されている久保の『火山灰地』については、何度か読もうとしたのだが、冒頭がとっつきにくいもので、今日まで読み通すことができなかった。

そう簡単に分かる戯曲ではないように思う。リアリズムの作品であるのだろうが、その方言でつまずいてしまう。例えば「つくそう」という言葉が多用されるが、これが「ちくしょう」という意味であると類推できたのは、作品の半ばまで行ってである。また、地名も明示されていないので(由来するアイヌ語の意味は示されているが、それだけで特定できる読者は少ないだろう)、イメージが結ばない。さらに、登場人物が60人ほどいて、誰なのか、その相互の関係はどうなのか、メモを取らないと分からない。加えて、亜麻の栽培、整麻会社、炭焼、農産実験場なども、わたしにとっては縁遠いものであって、理解を困難にする。

 とは言え、最後まで読ませる力をこの作品が持っているのは確かである。それは、何人かの性格がはっきりした人物を成功裡に描いていることによろう。農産実験場支場長の雨宮聡とその妻照子、息子徹、娘玲子、炭焼の泉治郎、その恋人で徹の子を孕んだとされる逸見しの、などなど。

ただ、この作品は、言われるほどの傑作なのかなあと思わざるを得ない。社会主義リアリズムないし反資本主義リアリズムの代表的な作品という評価があるらしいが、よく分からなかった。

 この作品は戯曲であり、きちんとした評価は上演を見ないといけないだろう。おそらく舞台では、たくさんの登場人物が具体的な装いをした生身の俳優によって演じられるし、舞台装置も見るものの理解を助けるはずである。

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