坂手洋二と満田康弘のカウラ事件

 坂手洋二の戯曲『カウラの班長会議 side-A』(松本工房、2021.8.20) を読んだ。2014年にオーストラリアのカウラで上演されたこの劇は満田康弘監督のドキュメンタリー映画『カウラは忘れない』にも登場する。これらで扱われるカウラ事件とは、1944年8月5日、カウラの捕虜収容所で、日本人捕虜1104人による「死への集団脱走事件」が起こり、脱走者234人が亡くなった事件である。捕虜となっても「生きて虜囚の辱めを受けず」により偽名を通していたため、脱走の際に死亡した多くの人の身元がはっきりせず、事件そのものが日本ではそれほど知られていない。

 この『カウラの班長会議 side-A』は、全員投票という一見民主的な脱出決定に至る日本人捕虜の場面と、この様子を映画として演出するオーストラリア側の女性たちの語り合いの場面と、そしてその両者の混淆の場面とで構成され、自ずと見るもの(読むもの)に「死の脱出」について考えさせるようになっている。工夫を凝らした優れた作品である。

なお、私が、オーストラリアと日本とが特異な歴史体験をもつことを印象づけられたのは、小山俊一の『EX-POST通信』(弓立社、1974)に納められたカウラ捕虜収容所事件についての評論だった。ずーと気になっており、2003年にキャンベラの戦争博物館を訪ねた際にも、カウラ事件も展示に見入った。

その後、加藤めぐみ『オーストラリア文学にみる日本人像』(東京大学出版会、2013)の編集企画を担当したが、この本では「カウラ捕虜決起事件」として、オーストラリア人によって描かれたフィクションおよびノンフィクションが扱われている。オーストラリアにとても忘れられない事件だったことが分かる。