由井りょう子『黄色い虫 船山馨と妻・春子の生涯』を札幌で読む

船山馨が生まれ青少年期を過ごした札幌の地で、由井りょう子『黄色い虫』(小学館、2010)読了。サブタイトルが「船山馨と妻・春子の生涯」とあるが、内容的には「船山馨の妻・春子の生涯」と言うべきだろう。作家船山馨の作品には思い入れせず、春子の遺した日記と家計簿などを読みながら春子に対して「めちゃくちゃじゃない」と叫びたくなる著者の思いがこの一冊を貫いていて、飽きさせない。

春子は夫・馨が朝の7時過ぎに亡くなったその日の夜10時45分に急逝した。「比翼連理の夫婦」と言われたが、著者は「比翼連理の夫婦どころか、知れば知るほど、よく言えば破天荒、悪く言えばいい加減な春子の姿」が浮き上がってくるという。本書にはそのようなエピソードが溢れている。

例えば、戦時中、離婚してひとりの編集者として働いていた春子は、子どもを産んで育てようと決意し、結婚を前提とせずに馨の子を妊娠した。馨の前で堕胎薬を飲んだ(ように見せかけた)。ひとりで産み、赤子をリヤカーに乗せて馨の前に現れた春子と馨の応答

「春子さん、これではだまし討ちだよ。約束が違う」--「確かに約束が違います。失礼しました」。

なおタイトルの「黄色い虫」は、夫婦ともにヒロポン中毒になっての幻覚である。馨は「手の甲や指の股から、針の頭ほどの黄色い斑点が、無数に湧き上がってくるのを見て愕然とした。…毛穴という毛穴から、蛆のようにうごめきながら出てくる。」と書く。この「黄色い虫」が春子にも見えるというから、凄まじい。

 ともあれ、これもひとつの愛の姿であろう。

 

 

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