丸善百年史のなかの早稲田叢書

丸善百年史のなかの早稲田叢書070323
竹中英俊
 
 1980年に刊行された浩瀚な社史『丸善百年史』(上巻、下巻、資料編)は、欧米新知識の導入と舶来品の輸入とを手掛ける目的で発足し、その後紆余曲折を経て1969年に百年を迎えた丸善の記録であるだけに、出版史の関心を超えて、読む者を魅了するものである。また、明治2・1869年、丸屋商社は、それまでにないある種の株式会社組織に倣って創立され、商法が公布された明治26・1893年の際に、会社第1号に登録されたことが象徴的に示すように、文明開化とともにその歴史を刻み始めたのである。「日本近代化のあゆみと共に」と社史のサブタイトルに誇らかに謳うのももっともなことである。
 この社史の編纂にあたって中心的役割を担ったのは、明治文化史研究で大きな実績のある木村毅であり、ともに執筆を担った植村清二、中西敬二郎、西田長壽の名を見るときに、本格的な布陣に背筋を正される思いがする。
 初代社長の早矢仕有的は福澤塾の者であり、慶應義塾との深い縁がある。丸善創業の趣旨と抱負を明らかにした「丸屋商社之記」は、その事業の根本精神を述べたものである。この文章は岩波書店刊行の『福澤諭吉全集』第20巻に収録されているが、この社史では筆者を特定するまでには至っていない。
さて、この社史には日清戦争後の学術書の一端を知る手がかりとして「早稲田叢書」を取り上げている。さすが、早稲田に学び『早稲田外史』を著した木村毅である。東京専門学校(後の早稲田大学)についての簡的な記述が面白い。
《東京専門学校は、薩長連合のクーデタアにあって下野した大隈重信が百折不撓の信念を持って設立した学園で、初めは西郷[隆盛]の私学校の二の舞いといわれ、乱臣賊子の養成所として政府の圧迫虐遇いたらざる[なき]中に成長したから、反骨と野党精神を土性骨としたが、しかし学園の三尊の高田早苗、天野為之、坪内逍遥がともに官学東京大学出身なので、迎える講師は多く東大出だったのは一奇で、あだかも粗硬な素焼きの椀に美肴を盛った観を呈した。》
《東京専門学校は、東京大学その他が主として外国語の講義をして得々たるとき、学問の独立をとなえ、諸学科の日本語での講義に先鞭をつけて、学問の普及の容易化に成功し、その勢にのって、ユニヴァシティ・エキステンション(拡張大学)として、逸早く講義録を発行して、多くの校外生を周囲にひきつけた。その補助読本のようにして企画されたのが「早稲田叢書」》である、として、シリーズの20編の書名・著者名(・訳者名)を挙げている。
木村が挙げるこの一覧は、実際に刊行されたものと異なるものがあり、叢書の一冊の前付ないし後付として収録されたシリーズ一覧予告、あるいは別途の資料に基づいたものでと思われる。叢書の口火を切ったウッドロウ・ウィルソン『政治汎論』(高田早苗訳)は明治28・1885年10月30日の刊行であるが、この本で予告されている早稲田叢書の一覧10編とも木村の一覧とは異なる。いつの時点で示された20点かは私の手持ちの資料からは推測できない。興味深いのは、ウィルソンの国籍は「米国」であるはずなのに、『政治汎論』の叢書一覧(10点)でも、木村の叢書一覧(20点)でも「英国」としていることである。木村が何らかの資料を引き写している傍証となろう。(本扉では正確に「米国ジオンスホプキンス大学」と記してある。)
当時、書籍を販売した書店名を表示したラベル(書店票)が、書籍の表紙裏のトップに貼付されていたという。そして木村は、次のように書く。《いま早稲田大学図書館所蔵のこれら[早稲田叢書]の原書をみると、たいてい丸善のラベルが貼ってあるから、それが[翻訳の]台本につかわれたのではないとしても、その店頭で購いえたことは確実である。》
 内田満は『政治の品格』(東信堂、2007年3月)のなかで、《わが国の出版における「叢書」のはしりとしての「早稲田叢書」》と記述しており、その叢書の原書が丸善で購入できたということは、1934年に来日したバーナード・ショウに対して、『西洋と日本』の著者で英国の商務官であったジョージ・サンソムの夫人が丸善を“Magnificent Book-store”と言ったというエピソードを強く思い出させる。
 3月9日、“The First MARUZEN”を掲げて丸善日本橋店がオープンした。“Magnificent Book-store”であり続けることを期待する。
 (なお、『丸善百年史』上巻354ページで木村毅は「早稲田叢書」について《明治二十八年の十月をもって公表され、翌二十九年から発行に着手された》と書いているが、正確には明治28年10月に「第一」の『政治汎論』が、29年7月には「第二」にあたるジョージ・マーシャルの『経済原論』が刊行されている。木村が「講義録の補助読本」と位置付けていることも違和感を持つ。叢書を手に取れば本格的な出版物であり、「補助」という表現は出てこないはずだ。木村は現物を手にすることなく書いたのだろうと思う。しかし、丸善百年史を描くにあたって現物を手にせよと求めるのは望蜀であろう。)
     
政治汎論初版本扉  

 

 

 

 

 

      政治汎論初版奥付