南原繁の丸山眞男宛て書簡、『形相』についての留意点
「南原繁書簡 丸山眞男宛 21通」が『東京女子大学比較文化研究所附置丸山眞男記念比較思想研究センター報告』(2019.3) に掲載されている。特に戦前の8通は今回初めての公開と思われる。その中に南原の歌集『形相』に収録されなかった歌も書簡中にあるのも注目される。
また川口雄一による編注において、1944年7月11日付『大学新聞』に掲載された「戦ふ学徒に」6首が紹介されている。その中には、『形相』収録時には、1945年の「元旦独語」との詞書きのある次の歌が入っている。
わがどちのいのちかけて学びたる真理の力振はむときぞ
南原繁の自選歌集『形相』に関連しての留意点を一文に草した。それは、戦時中に発表された短歌と、戦後の『形相』初版(所収の短歌とを比較し、その編集がどのような意味をもっていたのか、を推定したものである。戦中戦時前後にわたる微妙な問題を含むので、誤解されることがより少ないであろう媒体で発表しようと思っている。
その『帝大新聞』に掲載した「研究室」と「国土」が以下に引用するものである。なお、『形相』所収のものは、その旨を記した。
研究室をたどき知らなく檻(おり)のなかの獣(けもの)のごとく歩みゐたりき
机(つくえ)の上にたまれるものを片(かた)づけて私(ひそか)にこゝろ和(なご)むにかあらし
(上の二首は、『形相』では矢内原忠雄辞職の後に置いている)
研究室にゐてひとり飯(いい)食(は)むわがこころ世に叛くものゝ心にはあらぬ
(『形相』にあり)
雨にぬれし舗道(ほどう)にうつる公孫樹(いてふじゆ)の青き葉(は)かげに立ちてまた歩む
友死にしときにその子の幼きが吾の講義を聴くべくなりぬ
(『形相』では昭和15年に関連の歌とともにまとめている)
悠久(ゆうきう)二千六百二年国ありていま現実(うつつな)の荘厳(しやうごん)に泣かゆ
この年もまたいかならむ感動がわが国土(くにつち)を浸すとならむ
南(みなみ)の洋(うみ)に大き御(みい)軍(くさ)進むときも富士が嶺(ね)白く光(て)りてしづもる
学生にてありたる君の戦(たたかひ)にいのち献(ささ)げて悔(くい)なしといふか
(『形相』に表記を少し変えてあり)
ひたぶるの命たぎちて突き進む皇軍(こうぐん)のまへにABCD陣空し
祖国(くに)のうへにいよいよ迫(せま)り来(く)らむもの吾(われ)は思ひていをし寝(ね)られず
(『形相』では東条内閣成立直後の歌として置いている)
わが国土(こくど)神国(しんこく)にしてたとひいまに迫らむも神風(かみかぜ)の吹(ふ)くあらむか